羊犠牲祭(準備編)スペイン領「セウタ」

2019年08月17日

羊犠牲祭(屠殺編)_閲覧注意?

日本では屠殺を見る機会は少ない。
モロッコでは鶏はその場で絞めてもらうことが多い。

犠牲祭はイスラム教ではとても大切な行事。
モロッコの犠牲祭では、家族全員が見守る中で羊を屠る。

日本人はショックを受ける人も多いでしょう。
残酷だと思う人も多いかもしれない。
協力隊員でも鶏を締めれない人もいる。

でも、犠牲祭はとても良い風習だと思う。
命を頂戴することに感謝する機会。
羊の屠り方だけでなく、肉を食べる有難さ、命を尊重する気持ちを父が子供達に教える。

近年、日本では精製された肉しか売っていない。
そのため「食材の肉」と「屠られた命」が結びつきずらく、命の有難味を感じにくい。
毎日、沢山の命が犠牲となり、食卓を潤している。
日本にいると、つい忘れがちになる。

早朝、親戚の男達と手伝いの肉屋が、羊肉に精製していく。
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写真の下は皮と肉の間に空気を入れて、皮をはぎやすくしているところ。
自転車タイヤのペダルで空気を入れていく。風船みたいにパンパンに丸くなる。
解体は簡単ではなさそう。いろいろな技術があって感心する。

羊は食べられる部分は残さず食べる。
初日の昼食は腐りやすい内臓から。
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心臓・胃・腸。
新鮮でとても美味しい。
この鮮度は、なかなか日本では味わえない。


頭と角の部分は、貧しい人にあげてる人もいた。
毛皮の部分は業者が引き取っているのも見た。
でも、残念なことに普通に捨てている人もいた。
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モロッコ人にとって犠牲祭の光景は見慣れ過ぎて、食育としての効果が薄くなっている気がする。
羊肉は淡々と精製され、子供達も特にリアクションしない。
それはそれで問題な気もする。

毎日たくさんの命を頂いているのだから、個人的には屠殺映像を「閲覧注意」と言いたくない。
日々の糧の感謝のために、目を背けず見て欲しいと思う。

犠牲祭の屠殺は、コーランが書かれた1400年前当時に考えられていた苦痛を与えない方法らしい。
でも現代はもっと苦痛を与えない方法があると思うけどね。

時代の流れに対応しにくく融通が利かない感じが、近年の宗教離れの原因かもね。
日本もだけど、モロッコも若者の宗教離れが見られる。
宗教が無くなると、食事に感謝を捧げる良い習慣も薄れていく気がする。

羊犠牲祭の屠殺の映像です。
自己責任でご覧ください。
日々の糧の感謝を忘れないために。


marocoba at 22:37│Comments(0)イスラム 

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羊犠牲祭(準備編)スペイン領「セウタ」